人は努力を美徳とする。
だがその背後には、一体何が隠れているのでしょうか。
「報われる努力」とは、実のところ努力の姿をしていない気がする。
静かに水面下で動く思考や、最短距離で目的地に向かう小さなプロセス。
それらは必死さの香りを漂わせることなく、穏やかに、確実に成功を掴む。
「頑張った人が報われる」と言いたい人々は、なぜかその裏側を語らない。
報われる者の努力は、目に見える形を取らないことが多いからだ。
それは息を吸うように自然で、誰にも気づかれないうちに結果だけを残していく。
一方で、泥まみれの手で努力を掲げる人々がいる。
彼らの汗は美しくも映る。
だけどその光景が報酬に繋がる保証はどこにもない。
なぜなら努力とは物語ではなく、行為そのものだからだ。
本当に必要なことは、「努力」をすることではないように思える。
それを周囲に見せつけるでもなく、ただ正しい場所で正しい方向にエネルギーを注ぐことだけなのかもしれない。
それができる人は、他人から「努力していない」とすら思われるのだろう。
静かに、そして確実に成果を生む。その姿こそが「報われる人」の正体だと思う。