試しに思い出してみてほしい。初めて自転車に乗った日のこと。乗り方の理論を完全に理解してからペダルを踏み始めた人などいないはずだ。とにかく倒れては起き上がり、バランスを取りながら進む。その繰り返しの中で身体が勝手にコツを覚える。おそらく人生の多くの成功はこれと同じ構造をしている気がする。
人はなぜか万全の準備をして挑むよりも、無装備の状態、いわゆる「裸」で挑んだときのほうが成功する確率が高いように感じる。なぜなのか。自分でも不思議だが経験上この現象は何度も目にしてきた。理論武装や知識の蓄積に時間を費やすより、闇雲にアクセルを踏み、全力で突き進みながら修正していくほうが結果的に早く目的地に到達する。
これはシミュレーションゲームのように最適解を見つけるための試行錯誤ではない。むしろ現実という舞台において、すべての選択肢を削り取りながら進む”実践的な学習”が、圧倒的に成果を上げる理由だ。
必要な武器を必要な時に調達するほうが、効率よく目の前の課題をクリアできる。過剰な準備を抱えて身動きが取れなくなるよりも、状況に応じて道具を揃えるほうが遥かに軽快で柔軟だ。すべてを完璧に整えることが必須だと思い込むと行動そのものが遅れてしまう。
私自身、少し奇妙で予測不能なキャリアを歩んできた。税理士を目指して学校に通っていたが、その学びは実践とはかけ離れた理論中心のものでどこか味気なく感じていた。いつか趣味で始めたカメラにのめり込むようになり、やがてプロのカメラマンとして仕事をすることになった。
カメラの基本操作は理解していたものの、実際に制限された環境、たとえば狭いスペースや暗い場所で撮影する際、何が足りないかがはっきりと見えてきた。特にライティング機材や特定の技術が必要な場面では、その不足を補うために集中して技術を吸収することができた。現場での試行錯誤が続いたが、そのおかげでスキルの向上速度は驚くほど速かった。
次に進んだのは大手タイヤメーカーの勤務だった。この転職はそれまで経験してきた小規模な会社とは全く異なり、能率的に動く術や、大人数ゆえの権限の範囲が明確に定められた業務を知る良い機会となった。一方で私が携われる仕事はある程度決められた権限内であり、どこか物足りなさを感じるようになった。貯蓄は確かに増えたが、その資金を活かし独立することで刺激的のあるキャリアを築くべきだと決断した。
未経験の分野に飛び込むと、当然最初は何もわからない。周囲が知識や経験で装備を整える中、自分はその場で全力で吸収するしかない。だがこれが功を奏した。人間はどうやら、「経験から学ぶ力」が圧倒的に高いらしい。特に実践の中で得た知識は脳に深く刻み込まれる。
準備をすること自体は悪いことではない。しかしそれが行動を先延ばしにするならば、いっそ準備などしないほうがいい。裸で飛び込み、ぶつかりながら学ぶ。そんな無茶な挑戦の中に人生の真髄が隠されているのだと思う。